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| [期待させ、しかし、しかしのトリノ五輪] |
<文字を大きくしてお読みになるには>Internet Explorer の場合メニューバーの[表示]から[文字のサイズ]→[最大]を選んでください。冷え切った二月。トリノ・オリンピックの成績も日本は冷え冷えとした結果に終わったが、フィギュアスケート女子で荒川静香選手が金メダルに輝き、なんとか面目を保った。 荒川の根性がリンクから伝わり、日の丸の掲揚でようやく胸のつかえが下りたが、日本の選手はおしなべて覇気や勝負への執念に乏しい印象を受けた。なぜかオウム返しのように「楽しみたい」「楽しみました」と語る言葉が場違いの感じで、「楽しむだけなら自前でやれよ」とテレビに向かって言いたくなった。 大勢の選手・役員団で乗り込んだ以上は、楽しみ気分でいるわけには行かないはずだ。国力も選手の数も強化費もはるかに少ない国々が、国の名誉と自らの誇りを背負って頑張っている姿や、滑り終わって精も根も尽き果てたような村主章枝は言うまでもなく、4回転ジャンプに果敢に挑戦した安藤美姫ら三人の戦いぶりを見るにつけ、他の選手も、もう少し闘志をむき出しにしてくれたらとの思いが残った。「楽しむという言葉は、結果を出してから言うこと」と女子フィギュアの解説者も荒川の健闘を称えながら付け加えていた。 「寝ないで下さい、起きて下さい、見て下さい」とフィギュア女子決勝前夜、NHKの堀尾正明アナウンサーが絶叫していたのには思わず笑った。「ボンジョルノ」「アリベデルチ」とにぎやかに始めた現地からの放送も、結果を出せなくては視聴率も気勢も上がらなかっただろうし、多額の放送権料と派遣費用を支出した手前、具合も悪かろう。 |
現地の青山祐子アナがインタビューで「緊張とかしませんか」と言っていた。ついでに言えば有働由美子アナが、プロ野球ヤクルトの古田監督へのインタビューで「ブッツチャケ」と言い放ったのには驚いた。このアナ、かねてから「キープ」「だの「ゲッツ」だのと言葉づかいに問題がある。インタビュアーがそれも年上の人間に対して使う言葉は、もう少し選んだほうがいい。他のアナウンサーも含め、言葉が仕事の割には敬語の過剰(例えば「拝見させて頂きます」)、外来語の頻用がひどくなる一方だ。言葉のプロとしての自覚が不足している。局内では問題になっていないのだろうか。小泉首相が「ガセネタ」と国会で言い放ったのにも驚いた。ヤバい、しょっぴく、つるむ、ホシ、ネタ、がさ入れ、ヤサ…格好つけたがる連中がこうした隠語を使いがちだが、首相の言葉としてはいちじるしく品位に欠ける。この発言のあと、武部自民党幹事長らまでが真似していた。年甲斐もないことだ。 |
言葉というものは、いったん口から飛び出すと取り返しがつかない。民主党・永田寿康衆院議員は、「金で魂を売っているのは自分じゃないですか」と国会で大見得を切りはしたものの、自ら投じた言葉で入院雲隠れ。武部幹事長の二男に、ライブドアの当事社長だった堀江貴文被告が3000万円を振り込むよう指示したとのメールを振りかざして“癒着”を追及したのが発端。そこで首相のガセネタ発言にもなるのだが、「贋物というなら自民党が証明せよ」というに至って勝負はあった。今年の米アカデミー作品賞にノミネートされた「グッドナイト&グッドラック」と題する映画がある。マッカーシーの赤狩りと闘うテレビマンを描いた中で、“アカ”のレッテルを否定する相手に「アカではないとの証明が出来るか」と迫る場面を思い出した。 他を批判、誹謗、追及するには相当の覚悟がなければならない。よもや国会をパフォーマンスの場と勘違いしているわけでもなかろうに、こんなものに易々と引っかかる脇の甘さにも驚く。それにしても、このメールの主は、いかなる意図だったのか。もしも仮に、この差出人が敵方あるいは何らかの悪意を持って送り出された当節流行の“刺客”だったとしたら…といった空想をさせるほど、三文小説にも劣る危機管理のお粗末。 |
真贋論争に終止符が打たれたとしても、昨年9月の衆院選で「わが弟とも息子とも…」などと堀江候補を持ち上げた幹事長の言葉が消えてしまうわけではない。それは首相も竹中総務相も同罪の道義的責任は負わなければならない。「(候補者が)まったく問題ない人かどうか調べるのは難しい。『不明だ』と言われれば、甘んじて受ける」という首相の言葉も逃げ口上でしかなく誠意が感じられない。今回の永田メールに際しての民主党執行部の発言といい、政治家は言葉を誤魔化す。往生際の悪さでもある。メールの送り手とされた当の堀江被告は、2月22日、53億円に上る粉飾を問われて再度の証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)で東京地検特捜部に再逮捕された。それより前の13日には同じ容疑(偽計、風説の流布)で東京地裁に起訴されている。 |
これを受けた朝日新聞の14日付け社会面にまたまた驚いた。「ホリエモンとは何者だったのか。期待を抱いた人たちはいま、やりきれなさと同時に、全部を否定してよいのかという戸惑いも残る」との前文で始まり、次のような本文を連ねる。「ライブドアが家宅捜索された翌日の1月17日。新潟市内の会社員男性(38)は、批判一色の新聞を眺めていて、ある一言に目が留まった。 『ま、ああいう人だよ。ハゲタカの運命だ』 プロ野球巨人軍の渡辺恒雄会長(79)が語っていた。 04年夏、近鉄球団の買収に名乗りを上げた際も、渡辺氏は『僕の知らない人』と一蹴した。 『何言ってんだ』 会社員は胸のうちで言葉を投げつけた。堀江前社長のあけすけな言動にはなじめないが、彼を批判する上の世代にはもっと違和感があった」 滅多にない粗雑、稚拙かつ意図的な記事だから、詳しく転載して記録に留めておく。 昨今、個人情報の保護ということで、官公庁が公人についてまで情報を秘匿する傾向が目だつ。一般人のプライバシーは尊重されなければならないが、自分たちに都合の悪いことを隠し立てする方便として保護法を乱用される危惧があるから、マスメディアがこぞって異を唱えるのは当然である。 |
一方、ジャーナリズムの基本に五つのWとひとつのHがある。When、Where、Who、What、Why、How−いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、いかにして、それを正確に取材して伝えるのがニュースの根幹である。つまり、これらの要素を明らかにすることで、記事の信頼性を読者に理解してもらうのである。転載した朝日新聞の記事の主語は「新潟市内の会社員男性」と、まず基本から外れている。1億2000万人余の日本人の中からたった一人を選んで登場させるには、選択に相当の必然性を持たせるのがジャーナリズムの常識でもあるのに、それどころか名前もない人物の発言では、それは作文でしかない。まして正体不明の主語が、世間に広く知られている人物を名指しで批判するとしたら、あえて使うがガセネタを振りかざして特定の人物を糾弾するのとどこが違うか。そこには人権意識もありはしない。 |
2月号でも指摘したが、この記事の前文にある「期待を抱いた人たち」には朝日新聞も入っている。「『合併反対』の横断幕が掲げられたスタンドに近鉄の選手たちが手を振って応え、ベンチャー企業の若い経営者が観客からもみくちゃの歓迎を受けた」 「オリックスのオーナーである宮内義彦氏にも言いたい。あなたは規制改革の旗を振ってきた人である。産業の活性化のために新規参入が大事なことは誰よりもわかっているはずだ。もし買収を名乗り出た企業に『うさん臭い会社だ』という声が出たら、『どんなベンチャーも最初はうさん臭いものだ』と反論してこそ宮内さんではないか」 2004年7月6日付けの社説に、そこまで書いたことをよもや忘れてはいまい。これは<うさん臭さ>の肯定でしかない。7月19日号の「AERA」には「ライブドア社長『老害オーナーが野球滅ぼす』」との記事もあった。 2月のこと、東京の私鉄に朝日新聞の特大の企業ポスターがはりめぐらされた。<言葉は感情的で残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている。言葉のチカラを>との文句を掲げたジャーナリスト宣言。朝日新聞が発する言葉は感情的だが無力ではないし、ときには暴力的だったり、捏造でミスリードしたりもする。いまどきジャーナリスト宣言をして宣伝に努めなければならない社内事情もわかるが、紹介した社会面の記事を読む限り、ジャーナリスト宣言は早すぎたように思う。 中国では有力紙「中国青年報」の付属週刊紙「氷点週刊」が共産党中央宣伝部から停刊処分を受け、編集長が更迭された。昨年暮れには日刊紙「新京報」の編集長も同じ目に遭っている。「言論の自由のない国は近代国家とは言えない」と再三、書いてきたが、言論の自由が保証されているわが国のジャーナリストは、自由を主張、謳歌、ほしいままにするだけではなく、守るためにも自らを律し戒めなければならない。 二月は、デンマーク紙ユランズ・ポステンが掲載したイスラム教の預言者ムハンマドの風刺漫画を欧州の各紙が転載したことで、世界的な抗議運動が広がった。ここでは「宗教に対する冒涜」と「表現・報道の自由」が尖鋭的に対立している。報道に携わる人間が、自由の範囲を真摯に謙虚に考える高価な材料である。 滋賀県長浜市では日本人と結婚した中国人女性が自分の長女も通う同じ幼稚園児2人の命を絶つ悲惨な事件があった。新聞に「日本語できずイラ立ち」との見出しもあった。さまざまな形で<言葉>を考えさせられた月だった。 そして弥生三月。いつになく足踏みしていた梅便りも伝えられた二月半ば、訪れたみちのくは、まだ深い雪に閉ざされていた。写真は花巻温泉周辺で筆者撮影。 (YOU) |
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