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![]() 第104回(12月号)人里(へんぼり)の市 |
| 文:田 端 克 敏 写真:田 端 道 子 |
![]() (写真:人里の市全景) <文字を大きくしてお読みになるには>Internet Explorer の場合メニューバーの[表示]から[文字のサイズ]→[最大]を選んでください。 八王子に越してきて丸1年が経つ。 この1年でいいことが二つあった。 一つは再び自然のふところに抱かれることがかなったことである。 以前は30年余も五日市に住んだ。五日市とは東京の西、山紫水明の仙境で、奥多摩の山々や秋川の清流に魅かれて訪れる人が今なお後を絶たない。 そこを畳んで千葉・習志野の小さなマンションに移り住んだのは、ひとえに海外でのボランティア活動の便を考えてのことだった。築25年のその中古マンションは最寄り駅まで5分、30分もあれば東京に出られるのと目の前にスーパーマーケットがある地の利は捨てがたかったが、海外ボランティアから離れることになって少し落ち着いてみると、元来の田舎者気質がむくむくと湧き上がって、山も川もないコンクリートジャングルでの生活から脱出したい思いに駆られるようになった。 そういう意味では、たまたま借りることができた八王子の住まいは自然の宝庫であった。 家の真後ろには手付かずの雑木の森が広がり、けもの道を朝な夕な子狸がまろび、その後を母狸が追いかける。時にはハクビシンが出没して庭や畑を1メートルも掘り下げ大量の糞を置き土産に埋めていく。 メジロ、ウグイス、四十雀などの小鳥の澄んだ囀りで目を覚まし、西の山々が真っ赤に染まりながら日が落ちていくのを毎日眺められる贅沢は万金を積んでも得られるものではない。 |
(写真:地元の産物即売)いいことのもう一つは、かつての教え子達との再会を果たしたことである。 私は都合四つの都立高校を歴任したが、伊豆大島を除けば他はすべて多摩地区の学校であった。それらの学校で縁のあった教え子達の多くが八王子を含む多摩地区に住んでいるのである。伊豆大島での教え子達でさえこの近辺に住みなして、この新居に彼らの訪問を受け、また妻との二人展の会場にも大勢押しかけてきてくれ、何十年ぶりの再会を果たすこととなった。 四つの学校の中で私が一番長く勤めたのは五日市高校であった。この高校は、戦後まもなく開設を託された校長の夢想ともいえる理念のもとに始まった学校であった。農業・牧畜を伴った牧歌的な学園構想はついに完遂されることはなかったが、その精神は歴代の校長・教師たちに引き継がれて他に類を見ない雰囲気を持った学園として存続したのである。 多摩一円の広い地域から生徒は集まったが、中でも五日市の後背地にある桧原村の若者にとってこの学校の存在は大きな意味があった。東京のチベットと別称された桧原村の一番奥にはバスで1時間、そこから自宅まで山を登って1時間という学生が少なからずいた。 彼たちの中には便数の少ないバスを嫌って自転車で登校するものも少なくはなかった。行きはほとんど下りだが帰りは登り一辺倒。その労苦は並々ならぬものであったに違いないのだが、そんな学生ほど遅刻も欠席も皆無に近かった。 S君はそんな桧原から通学した生徒の一人である 彼は、五日市高校を卒業すると八王子の金融機関に就職し、爾来40年ひたすらに研鑽を重ねて現在は関連機関の営業部長として活躍している。 ある日、そんな彼から私は招待状を受けた。 「桧原村の人里(へんぼりと読む。彼のふるさと)で年に二回地元の有志と市(いち)を開いています。次回ぜひお越しください。」 その日、私と妻は霧雨に煙る南秋川に沿って車を走らせた。この道は昔家庭訪問などで散々通った懐かしい道である。わずかな平地を均して肩寄せ合っている農家のたたずまいや急峻な山肌に根付く杉の風合いなど少しも変わりがない。 やがて「人里の市」ののぼり旗が見える広場にたどり着く。まだ10時前だというのにすでに数組の先客がある。 出店の数はさほど多くないが各所で賑やかな声が飛び交っている。リーダー格のS君は各出店に指示を出したりして忙しげである。 |
(写真:人里の市 S君夫妻と)挨拶もそこそこに、S君は私たちに炊き立てのうどんと栗飯を馳走してくれた。具沢山の田舎風うどんと取り立ての栗の香ばしさは絶妙で、朝飯抜きの胃にするすると入っていく。 腹がくちくなったところで、露店を見てまわる。 地元陶芸家による陶器の数々。黒文字の枝を削った楊枝や箸、ふくろうを模ったストラップ、竹や木材で作られたまな板や椅子、藤やアケビの蔓で編んだ籠などの工芸品が素朴で暖かい雰囲気を醸し出している。 また、この土地でできた野菜、山菜の数々とその加工品、しいたけやヤマメの塩焼き、丹精込めた山野草の鉢物など、手に取る都度買い求めていく。車だからいいようなものの、バスで帰るとなるとちょっと持て余す嵩である。 S君は、健在のご母堂がお住まいのこの地域を何とか活性化したい一念でこの市を続けてきたという。一時期は村の支援を受けていたこともあったが、活性化の理念の食い違いから、今では一切の支援なしに近隣の住民とその縁者達だけによる運営で、苦しいところもあるがかえって気楽で楽しいと笑う。 この市に携わる人たちは商売気の薄い素朴な暖かさを皆持っている。 |
(写真:買い求めたあけび蔓の籠.)今の時代、地域単位の活性化、振興策が探られ実行にも移されてはいるが、息の長い成功例は数えるほどでしかない。 この人里の市もその例に漏れないが、願わくは来年も再来年も活気溢れる市が開かれることを願う。 そんなことを考えながら帰途に着いた。買い求めたふくろうのストラップは私の書道仲間へのプレゼントに、アケビ蔓の籠は実用兼鑑賞用として玄関先に飾ってある。 <人里の市ホームページ>http://henbori.kakurezato..com/(毎年5月、10月開催予定) |
↓田端ご夫妻のホームページはこちら http://www5e.biglobe.ne.jp/~tianduan この欄をお読みになってのご意見、ご感想を掲示板 http://6402.teacup.com/genkigaderu/bbs にお寄せください。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 |
| <金曜連載「爽やかエッセイ」と感想文募集> |
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