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 撮れたて「写真・安曇野便り」82回(12月号)
    「安曇野の文学碑群(続2)」5/5

(写真:荻原井泉水の句碑)

 子規との関係で取り上げたい俳人が荻原井泉水です。井泉水の父は池田町の出身で若くして上京、荻原家の養子に入ります。井泉水は明治17(1885)年生まれで一時期子規の日本派に傾倒しました。しかし、その後新傾向俳句運動に参加。俳誌「層雲」を創刊して季題を排した自由律句を主張して多様な作品を発表しています。門下に尾崎放哉(ほうさい)、種田山頭火などがいます。15歳で父と死別し、父の故郷を足しげく訪れというわけにはいかなかったようですが、父のふるさと池田に句碑が建立されるまで地元の地道な運動があったようです。

(写真:秋晴れの合間の農作業<安曇野市明科>)

 「井泉水作品展」を開くなど、馴染みの薄かった井泉水への認識を深めてもらい、郷土とのつながりを徐々に築き上げた結果、昭和45(1970)年、父の生家の前に句碑建設が決まりました。こうして「人生の有明つばくらのごとき父なりし」の碑が安曇野を見おろし、アルプスを仰ぐ絶好の地に建ちました。その後同じ池田町の山中の俳句坂に「燕岳とつばめ飛ぶ安曇野はひろし」、松本市に「しなのは山と月と父のふるさと」と、井泉水の面目を大いにほどこす2つの自由律句の句碑が建ち、井泉水の信州での存在感を確たるものとしています。

 安曇野の文学碑の紹介の材料はまだまだ尽きませんが、またの機会に譲りましょう。

(写真:秋晴れのアルプスとスイス村<安曇野市明科>)

(写真:ムラサキシキブとカキ<安曇野市穂高>)

(写真:冬咲きのサクラ<池田町>)

(写真:冬咲きのサクラ<池田町>)

では、また。             草々

         10.11.28

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    加藤 雅博

   安曇野・無頼庵
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