107回 映画のことを語ろう(12月号)

西島雄造


  [サクラグランプリは『僕の心の奥の文法』に]

(写真:「僕の心の奥の文法」)

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 第23回東京国際映画祭も、すでに旧聞となり、映画は師走から正月興行に。月日の経つことの速いこと。10月23日から30日までの会期中と事前試写を合わせると、見た作品はコンペティション部門15本。ほかに今年のベルリンやカンヌ、ヴェネチア映画祭などで話題になったWORLD CINEMAを5本、日本映画・ある視点2本、アジアの風3本、台湾電影ルネッサンス2010から1本の計26本。特別招待作品は除いての数字。なかには上映時間が152分の『海炭市叙景』(熊切和嘉監督)などもあり、ハードスケジュールだった。

 表題に書いた通り、東京サクラグランプリはイスラエルの『僕の心の奥の文法』がさらった。監督・脚本のニル・ベルグマンは40歳。教育文化省が中心になって設立したイスラエルのFilm and TV schoolで学んだ。のちに『アラビアのロレンス』などをプロデュースしたサム・スピーゲル(1985年に84歳で他界)の名を冠した学校で、監督・脚本・編集・製作を一貫して教え、いまでは同国映像産業の中核を担っている。

 ベルグマン監督は、第15回東京国際映画祭(審査委員長リュック・ベンソン2002年)で、処女長編『ブロークン・ウィング』がグランプリを獲得している。今作の主人公、僕は11歳になろうとしている。母親は口やかましい。両親とも無学で、子育てがよくわからないとも言う。少年は思春期に差しかかっており、性の芽生えも見られる。悩みは背丈が伸びないこと。友人はキブツに行き、姉は17歳で徴兵された。

 イスラエルの建国記念日が強調される。この国が世界に置かれている立場を、少年に置き換えて語っているような、隠喩に富んだ物語。新たな世界へ飛翔しようとするラストも象徴的だ。世界の現実から身を離しがちな日本で、上映される余地はあるのだろうか。
(写真:「クリスマス・ストーリー」)

 フランスの『サラの鍵』(ジル・パケ=ブレネール監督)は1942年のパリ。ドイツ軍に占領され、ユダヤ人狩りが始まっている。一家も収容所送りとなるが、サラの機転で弟を納戸にかくまう。一人残された弟はどうなるのか。ドラマチックに展開し、そして現代へ。女性ジャーナリストが、かつてのサラ一家のアパートを訪ね、サラの消息が描かれる。ときに人には拭いきれない真実の歴史がある。≪ユダヤの血≫を葬ろうとする心情がえぐる現実を否定出来るだろうか。メロドラマとしても、優れた出来栄えだ。

 ほかに南米から『隠れた瞳』(ディエゴ・レルマン監督)、アメリカの『ビューティフル・ボーイ』(ショーン・クー監督)、スペインの『小学校!』(イバン・ノエル監督)など興味深く観たが、特筆すべきは審査員特別賞に相応しい、新藤兼人監督の老練な『一枚のハガキ』である。人間の運命を狂わす戦争がモチーフにはなっているが、反戦映画と決めつけたくはない。それ以上に人間の根源的な生と性が、したたかに描かれている。98歳の監督のエネルギーに、次回作まで期待したくなる。大竹しのぶの怪演に目を見張った。

 個人的には英国の『ブライトン・ロック』(ローワン・ジョフィ監督)を大いに楽しんだ。コンペティションの出品作に≪映画の楽しさ≫への目配りが、いささか欠けている印象を持ったが、その物足りない気分を埋めてくれた。ぜひとも一般上映にこぎつけて欲しい。
(写真:「シチリア!シチリア!」)

 師走映画はタイトルから『クリスマス・ストーリー』(アルノー・デプレシャン監督)で始めよう。筋書きをかいつまんでなど書けはしない。フランス好みの大河ドラマの風格をたたえて、聖夜からの数日の現実と回想を交差させながら、家族の物語を紡ぐ。憎しみや葛藤、愛への回帰などをまぶし、家族の肖像も一筋縄ではゆかない主題になる。

 2008年のカンヌ国際映画祭で特別賞のカトリーヌ・ドヌーブに、フランソワーズ・ロゼー(1891−1974)やアルレッティ(1898‐1992)の系譜を継ぐ大女優の予感がある。ヴィヴァルディからエリントンまでにぎやかな音楽と、仏伊のブランドを網羅した衣装、宝飾品を楽しんでいても150分は過ぎるが、愛と理屈と日本人にはない感性のフランス映画。

もう1本、151分の大作が控えている。昨年の東京映画祭WORLD CINEMA部門で上映されたジュゼッペ・トルナトーレ監督の『バーリア』が、『シチリア!シチリア!』と題名を変えて、やっと角川映画から日の目を見る。昨年11月号のこのコラムで「もう一度見たい」と紹介したが、昨年見たときとは違う場面で、瞼がにじんでしまった。

 第二次大戦、ファシズム、戦後はコミュニストとマフィア。土地っ子はバーリアと呼ぶシチリアのBagheriaを舞台に、町とそこに生きる人々を、愛惜をこめて描いた人間賛歌。冒頭、オヤジたちが賭けトランプを楽しみながら地面にツバを吐き、少年に「ツバが乾かないうちに煙草を買ってきたら20リラだ」とけしかける。卓抜な導入部だ。時は過ぎ人は老いて、町のたたずまいも変わる現実。だがたとえツバを吐いた道が舗装され、建物は壊されても、そこに暮らしがある限り人生は素晴らしい。そして映画も素晴らしい。
(写真:「クレアモントホテル」)

 『クレアモントホテル』(ダン・アイアランド監督)は英米合作。ロンドンのこぢんまりした料理自慢のホテルに、トランクを提げて老婦人がやってくる。夫に先立たれ、スコットランドで娘と暮らすより「残る人生を一人で生きたい」と、自立の道を選ぶ。部屋は殺風景、客種もいまひとつ、給仕女はしつけが悪く、滞在者には“臨終禁止”が課せられる。ホテルが舞台となれば、そこにグランドホテル形式の華やぎはないまでも、老境のさまざまな人生、黄昏の日々が描かれる。

 婦人にはロンドンで働く息子がいる。食堂での世間話とテレビの『SEX and the CITY』で暇をつぶす滞在客たちには、新参者の息子がいつ訪ねて来るかも関心の的だ。そこに現れた礼儀正しくハンサムな青年。それぞれの思いで心がざわめく。それから展開する脚本の妙、洞察に満ちたセリフ。ワーズワースが湖水地方の水辺に咲く黄金色の水仙を詠んだ23行の詩や名画『逢びき』(デビッド・リーン監督1945)、19歳の若者と79歳の老女の物語『ハロルドとモード』(ハル・アシュビー監督1971)などを巧みに引用して、ヒロインの心情を描く。ジョーン・ブロウライトの細やかな演技は、心に刻み込まれるだろう。

 ウディ・アレン監督40本目の『人生万歳!』は、監督の出演なし。プライドと偏見、高慢と差別、楽天と厭世…現代人が引きずる正と負の資質を、ユーモアと諧謔、皮肉・批評眼と毒気をまぶした会話で描けば、自ずと生じるくすくす笑い、忍び笑い、そして爆笑。しょせん人生は回り回るRonde、輪舞のようなものと言いたげだ。91分のアレン芸に笑えない人生は寂しかろう。

 赤ん坊の背中から羽根が生えた。部屋の中を飛び回っている。ニュースだ。フランソワ・オゾン監督の意表をついた新作『Ricky』。医者は肩甲骨が成長したものだとの見立てだが、空飛ぶ赤ん坊にメディアが殺到する。話は他愛ないが、夫婦の機微、子育てに対する考え方が語られるから、フランスや日本の実情とも引き比べながら、少し考えさせる。赤ん坊が何ともいえず可愛いから、それだけでも90分を引っ張る。上手な監督の映画は短い。

 同じ空を飛ぶにしても、『アメリア 永遠の翼』は、実在の女性飛行士アメリア・イヤハートの物語。24歳で操縦士の免許を手にし、女性飛行士としての様々な記録を樹立。1932年には単独で大西洋を横断する。最後に挑んだのが世界一周飛行だったが…。
(写真:「レオニー」)

 「勇気があれば海を越えられる」「夢に限界などない」と飛び続けたが、いまもその行方はわからない。フォッカー社の初期のフレンドシップなど、マニアにはこたえられない航空機も登場する。監督は『サラーム・ボンベイ』(88)『モンスーン・ウェディング』(01)のミーラー・ナーイル。ヒラリー・スワンクにリチャード・ギアが寄り添う。

 『レオニー』は、イサム・ノグチの父親ヨネ(米次郎)と、イサムの母となるレオニー・ギルモアの生き方を描く。20世紀初頭に、ニューヨークに日本人の青年詩人がいたという驚き。その男の子を生み、日本にもやってきた女性レオニーの実話にまた驚く。物語の映画化を企画し、脚本を書き、監督したのが松井久子という女性だったことに、さらに驚いた。二作目の『折り梅』(02)の観客らが<松井久子監督の第三作を応援する会 マイレオニー>を5年前に結成し、3000人以上のサポーターが集結したとの裏の物語に頭が下がる。津田塾の創始者津田梅子や小泉八雲の妻セツらも周辺人物として描かれ、興味は尽きない。夫婦をロンドン出身のエミリー・モーティマーと中村獅童が好演している。

 異色の時代劇『武士の家計簿』が面白い。『武士の家計簿「加賀藩御算用者」の幕末維新』(磯田道史・新潮新書)をもとに、森田芳光が現代に引き寄せた。江戸の会計検査院とでも言えばいいか、藩の経理のチェックが仕事の男が、実は家計も火の車と気付いて立て直しを図る。だが、決してちまちまもギスギスもせず、ゆったり、おっとりと描いて共感と微苦笑を誘う。演出はもとより、堺雅人の柳に吹く春風のような悠揚たる振る舞いに、仲間由紀恵、松坂慶子、草笛光子が息を合わせて、演技者たちの資質と風格がにじみ出ている。台所の描写に際だつ大道具・小道具への目配りの良さも特筆したい。主人の清廉潔白振りを、今日の政治家に習って欲しいなどと書くのは野暮か。

(写真:「武士の家計簿」)

 東京国際映画祭の<日本映画・ある視点>で上映された『酔いがさめたら、うちに帰ろう』(東陽一監督)は、浅野忠信がアルコール依存症の男を演じて、リアリティーがある。
『ハリー・ポッターと死の秘宝PART1』(デイビッド・イェーツ監督)は、ゴシックとトリックで紡ぎあげたロマン大作。お天気コンサルタントまで動員してとらえたイングランドとスコットランドの風土が、映像に深みを添え、ヴィジュアル効果が素晴らしい。

 『エクスペリメント』(ポール・シェアリング監督)は、スタンフォード大学で行われた、アルバイトで募った看守と収容者による人間実験。人間の憎悪の成立と獣化の過程を描いた発想がユニーク。ヴァンパイア伝説の変化球『デイブレイカー』は、脚本・監督のピーターとマイケルのスピエリッグ兄弟のこれからが楽しみ。



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