第10回
漂流


 夜中の1時か2時になっていたと思う。昨日と同じように宮川は半袖、半ズボンの防暑服を着たまま、私はふんどし一丁の裸になり、防暑服を頭に縛りつけて二人とも穴を這い出した。
 この頃になると、敵に見つかることはまずないと大胆になっていた。
 波打ち際まで引っ張り上げておいた樽をキョロキョロあちこち探しまわったが、どうしても見つからない。しまった!
 満ち潮の時にきっと流されてしまったのだ。迂闊だったと思ったがあとの祭りである。それでもあきらめずに、代わりになりそうなものを探しまわった。
 燃料入りのドラム缶を船から下ろすときに使った直径約30センチ、長さ1.5メートルの丸太を見つけた。二人で海へ浮かべてみると大丈夫、われわれがつかまっていても沈まない。樽より重く動きが鈍くなったが、かえって水をかい出す手間もかからない。
 わたしが丸太を抱くようにしてつかまり、宮川は背泳で、丸太に結んだひもを引き先へ先へと泳いでくれた。
 西フロリダの対岸はすぐ真向かいにみえるのだが、焦って直線コースを狙えば、海流に流されて岸へたどり着けないかもしれない。また、私が泳げないということもあって、海流の流れにのって行けるように、大きなへの字コースをとることにした。
 海兵団では水泳不能者を海から突き落としては、溺れる寸前に助け上げ、また突き落とす。これを何度も繰り返して無理やり泳ぎを覚えさせたような話を聞いたこともあったが、私は工作科ということもあってか、そんな酷い目にあったことはなかった。また、カッター(ボート漕ぎ)練習で、水泳不能者には赤帽をかぶらせたりしたようだが、そんな経験もしなかった。
 少しでも泳ぎを覚えていれば、これほど苦労せずにすむのにと、夢中で丸太にしがみついていた。
 宮川が背泳で丸太を引張るように泳いでいたとき、後方に海水を切ってこっちへ向かってくるものがあった。味方の潜水艦のようだという。私も無理な姿勢から、振り返ってみた。なるほど、潜望鏡だ!白い航跡をたてて、こちらへ向かってくる。
 潜望鏡なら180度見えるわけで、われわれの姿も当然とらえているはず、ああ助かった、と思った。
 近づいて浮上してくるものと暫く待った。が、ただどんどんこちらへ近づいてくるばかり。エンジンの音もなにも聞こえない。
 まだわれわれに気が付いていないのか?
 手の届く所へきたら、潜望鏡につかまってやろうと思った。頭が朦朧としていて眼をしばたきながら見ると、とんでもない、鱶(ふか)の背びれだったのだ。二人とも驚き、慌てた。
 この時とっさにひらめいたのが、ラバウルの時の新兵教育で教えられたことだ。鱶の口は下に付いていて、獲物に食いつくときは自分の体を回転させ裏返しにならないと食いつけない。浅瀬では背びれを傷付けるので食いつかないということだった。
 頭に縛りつけてある防暑服のシャツを流し、次にズボンを流し、鱶の注意をそらして時間をかせぎ、その間に、遠浅のように広がる珊瑚礁へ逃げ込むことだった。
 いま考えると、こんなときに全く唐突だったが、宮川は私に
 「俺のおふくろは大森の二業地で、芸者の髪結いをしている」
 とはじめて素性をあかし、俺が死んだらおふくろに知らせてやってくれと遺言めいたことを言った。
 わたしの方も
 「練馬の桜井台駅のそばで、桜井は一軒しかないからすぐ分る」
 といって、どちらか生きて帰れた方が、実家へ知らせる約束をした。
 夜光虫が光って敵に見つかりやすいが、そんなことに気をつかっている場合ではなく、泳げない私も泡をくって、足を相互にばしゃばしゃさせた。
                                  つづく
第11回は2月16日(火)の予定
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