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| 体を丈夫に保つためには、動物性蛋白質が欲しかったが、トカゲはジャンプする、ニワトリは木の上へ上がってしまうし、衰弱しているわれわれの体力では、とても捕まえることはできなかった。 食べ物を探しに、山の方へ行けば何かあるだろうと登ってみたが、レモンをたった一個拾っただけというときもあった。 西フロリダ島の山の上から、われわれの守備していたタナンボコとガブツと無人島を眺めたが、あれだけ緑が鬱蒼と生い繁っていた椰子の島は、いまはなくなり、申し訳ていどに椰子の木が数本、ひょろひょろと生えているのみで赤土の丸裸の島になっていた。 ![]() 海と空からの砲撃で、何百人もの兵隊が一度に殺されてしまったこの島を眺めていると、よくも二人は生き残れたものだとつくづく思った。ここでたった一つのレモンを二人で半分ずつかじった時の酸っぱさは、例えようがなかった。 何時までもぼんやり眺めているわけにもいかず、われわれの行動範囲を広げるために、地形を見回していると、すぐ下に米兵の姿を見つけた。 物陰からそっと様子を見ていると、現地人の芋畑から芋を掘り出しているのだった。米兵たちが立ち去ったあと、われわれも早速お相伴にあずかろうと、芋掘りに降りていった。 この芋掘りにも、われわれのいるのが悟られることを恐れ、余計なことをしないように注意を払った。畑の新しいところは絶対に掘らない。いま米兵が掘っていったばかりの場所で、取り残していったところだけに手を付けた。たった二人分の食料、ほんの数本だけにして、欲張って沢山はとらないようにした。この方法をこの後も徹底してつづけたので成功した。 一度、生のままではなく焼いて食べたくなった。 現地人の家の棟に焦げ跡のある二本の棒を見つけた。彼等はこれで火を起こすのかなとわれわれも真似てみた。 一方の棒の先を、下に置いたもう一方の棒へ縦にきりで穴をあけるように、激しく回しながら揉んでいくと、凹んだ縦の溝ができ、そこへ粉の木かすがたまって火種になった。墨色の粉が黄色っぽく変わって煙をだしはじめ、燃えやすいものを近付けるとぽっと火がつくのだ。日本なら、さしずめ縄文人か弥生人がやっていたのとそっくりだった。 この煙を見た敵機が、低空で急に襲ってきて銃撃され、驚いて森へ逃げ込んだことがあった。それ以来火は絶対起こさなかった。敵が空から警戒していて、現地人の住んでいない場所から煙が上がるとすぐわかるらしかった。 宮川は、ぼろになったとはいえ着るものを着ているからいいが、私のほうはふんどし一丁で丸裸のまま、蚊や虫に刺されたりでひどかった。どこにでも座るものだから、ふんどしはとうとうすり切れてしまった。困って現地人の家から、日本の麻袋のようなものを失敬して、一枚の布にほどいて切り、赤ん坊のおむつのようにした。残り布も私にとっては大切で、腰に縛りつけ、雨が降れば頭に被り、寒いときには肩掛けのようにして使った。二千年も前の、われわれ祖国の古代人さながらの生活が、このまままだつづく……。 人間、何か一つ口にいれると、次はもうちょっといいものを食べてみたいと、我儘な心の虫がはびこり始めるものだ。 高い所になっている椰子を見て、中の汁を飲みたい、中の柔らかなコプラを味わいたい、竹の子のような若芽を食べてみたいなどの欲望にかられ、我慢できなくなっていた。しかし、登ってとるほどの体力にはほど遠かった。 現地人の空家で柄のない斧を見つけ、柄をすげると切れ味を試してみたくなった。沢山ある椰子の木の一本や二本、たいしたことはないだろうと切り倒し、思う存分飲んだり、食べたりして、一日も早く元の体に戻るように努めた。 欲望を満たすと人間は横暴になるもので、切り倒した木を片付けもしないで放っておき、このままなら天下太平などと二人とも豪語し、いい気になりはじめた。 こうして数日は何事もなく過ぎた。 つづく 次回第14回は3月9日(火)の予定 読み終わったらこのウィンドウは閉じてください。 |