第16回
毒蛇

 海岸近くに、2つ、3つ現地人の家を見つけ、用心しながら近づいて行った。ここもどこかへ避難しているのか、人影はなかった。
 ある家の中に入って驚いた。棚の上には誇らしげに髑髏(どくろ)がずらりと並んでいるではないか。われわれも見つかれば、こうされるのかと思った。

   

 ここで思いがけないものを見つけた。日本海軍の駆逐艦「照月」と書いてあるオスタップ(金属製の洗濯桶)と将棋のこま。香車、桂馬、歩7枚があったのには驚いた。
 オスタップは不良練習生が、親元へ電報で「オスタップナクシタ、カネオクレ」と訳のわからないことを打って、さぞ重要なものをなくし困っているだろうと親を慌てさせ、送金させる手立てにも使われた言葉だ。
 「照月」が沈没するときにこれらのものが投げ出され、海上を沈まずにただよい、海岸へ流れ着いたものが拾われたものか?
 あれから90日近く敵の来襲に怯え、日本の兵隊に会わずにいたわれわれにとっては、戦没された照月の人たちを偲ぶというより、自分たちも使ったことのある日本人の物品を思いがけないところで発見して、ただただ懐かしく、涙が流れてとまらなかった。

 この家でもこもを掛けて隠してあるものをみつけ、棒で払い除けてギョッ!となり、思わず立ちすくんでしまった。
 「な、なんだ!誰だ?」私の眼の前を立ちふさがるように、異様な風体の奴が突っ立っているのにドキリとした。
 髪は山あらしのように逆立ち、左右の眉毛は太い一の字のようにくっついて一本になり、ぎょろ眼でこけた頬は髭ぼうぼう。

 幽霊か?
 現地人?
 でもない異様な風体の奴がわたしをじっと睨んでいる。自分のうしろに誰かいるのでは、となんども振り返ってみたがここには誰一人いない。
 自分が動けば相手も動く、鏡に映る自分の現在の姿と分かるまでには、数分かかった。
     

 90日前の戦闘状態と同じように、張り詰めた気持ちのままで、今日まで生き延びてきた自分のいまの姿をあらためて眺めて、急に情け無く、張り詰めた気持ちがいっぺんに萎えていった。

 家の奥へ入って、麻袋を取ろうとして手を出すと、ピクッと近くで何かが動いた。眼をこらしてよく見ると、家囲いの細い留め木の上に、木と同じ茶色の毒蛇が鎌首をもたげて、こちらがもう一度手を出したら飛びつこうと待ちかまえていた。
 危機一髪!
 生かしておけばこの次は噛みつかれるかも知れない。わたしは根っから蛇が大嫌いだった。急いで棒でたたき落とし、気でも狂ったように、包丁を振りあげて滅多切りに切り刻んでしまった。
 あの時、あの毒蛇に噛まれていたら、わたしの命はここで終っていたかも知れない。そう考えるといまでもぞおっと身内が恐ろしくなる。
この家にも食べ物がなにもない。こうなったら砂糖きびでもかじるしかないと外に出た。
 この頃は食べ物にまるっきりありつけず、下痢をし、体は衰弱、体力がなくなって走ることもできない。
 足腰がふらついて杖をつかなければ歩けなくなっていた。

                                 つづく
第17回は3月30日(火)の予定
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