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朝食のテーブルで森本先生がご持参の『ニジェール探検行』を読んで下さった。パークの最後の船出となったサンサンディンのページだ、今日はこれからそこを訪れることになる。私たちにも軽い興奮が沸き上り耳を傾けた。 「クーンティ・ママディの話によると、サンサンディングには1万1千人の住人がいるということである……市場にはさまざまな品物が並び、朝から晩まで人でごった返している……広場に面する家々では、モロッコからくる緋布、琥珀、絹や煙草を売っている……塩の市があるが板状の塩1枚は、普通8000カウリーである……市の立つ朝には大きな肥えた牛が16〜20頭も殺される……」 200年前のサンサンディングが、いかに繁栄した村だったかが浮かび上がってくる。 朝食後いよいよサンサンディングに向けて出発の時を迎えた。川岸近くで車を下りて歩けば、あまりにも静かな辺りの様子、先程聞いたサンサンディングの村とは信じられなかった。川べりには点々と、洗濯をしている女達が見られ、 その傍らで遊ぶ子供たちがいた。 太陽を遮る1本の木さえないカンカン照りの河原には、黙々と日干しれんがを並べている男がいた。 ![]() 川を離れて村の方に歩き、土の壁に囲まれた中を覗きこむと、大きな木の下で数人の男たちが機織り機に向かって機を織っていた。アフリカでは機織りはどこでも男の仕事らしく、色とりどりの糸が壁に沿って長々と張られ、
手作りの簡単な機織り機で、一定の巾の布を織るのだった。ちょっと会釈をしてカメラを見せたが、拒む様子もなかったので、シャッターを切り、「どうもありがとう!」と頭を下げ手を振って表に出た。 「先生、これがサンサンディングですか。随分ひなびたところですね」 「パークのきた頃の面影なんて全然ないね、いまは住んでいる人も2000人くらいらしいよ」 中川氏がカヌーを2艘頼んでくれたので、私たちは思いがけずニジェール川のカヌーの上から、サンサンディングの岸辺を眺め、パークに思いを馳せることができた。 パークはここで帆船を仕立てて、「11月16日──準備完了。明朝もしくは明日の夕方に出発する」との手記を最後に、パークを含めた5人で死への旅立ちをしたのだった。 パークの書き綴った日誌が忠実な従僕のイサコに託されて、ガンビアまで届けられた事によって、パークの悲惨な第2次探検行の様子がわかったのだった。その日誌がマンゴ・パーク『ニジェール探検行』として出版され、それを日本語に訳された森本氏の本を読んで感激し、パークの跡を辿る旅に参加した私たちなのだった。 太陽が真上から照り付け暑さが厳しくなってきた。宿舎に帰って昼食を摂ると、 「皆さんお疲れのようだから、セグーに行くのは明日にして、今日はゆっくり休みましょう」 中川氏の配慮によって、午後からゆっくり休息の時間がとれて有り難かった。 森本氏はニジェールの川岸から帰ってからも、パークの『ニジェール探検行』に読み耽っていらしたのではないだろうか。夕暮れ近くになって中川氏に提案して下さった。 「もう1度サンサンディングの、ニジェール川の岸に行こう!」 サンサンディングの落日、あのひとときの素晴らしさを、私は忘れることができない。太陽が刻一刻、沈みはじめると夕焼けに空が茜色に染まり、その空を映して川がそのまま茜色に染まる。川の中には子供と、子供の体を洗っている母親の姿がシルエットとなって見えた。屈んで食器を洗っている女の人もいた。無声映画の1こま、1こまの中の影絵のような動きが私の心を捉え、自然の美しさの中に、すっぽり溶け込むようなひとときであった。
あたりは次第に茜色から紫色に染まって、紺青の空が一面に広がってきた。 こうして感動的なサンサンディングの1日が終わりを告げた。 (第2章 第5回/終) ┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬次回更新は7月4日(火)┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬
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