◇森本哲郎氏一行に加わっての、西アフリカ・ニジェール川探検紀行◇

 いよいよ今日はトンブクトゥへ行く日である。一昨日に懲りて定刻9時の飛行機に乗るために、7時半に空港に行ったのだが、皮肉なことにこの日は5時間も待たされたのである。大体これがアフリカ時間なのだ。やっとトンブクトゥに降り立ったのは午後3時頃だったろうか。
 ここは前回来た者にとっては恨みも深き空港なのだった。日本人の荷物は重すぎて、全員乗せることはできないと拒否された。これに乗れなかったら大変なことになってしまう。荷物を全部置いて行くことにして、全員やっとガオまで乗せてもらえたのだった。
 空港からの道路は舗装されていたし、車には窓ガラスがあった。町の中には真新しい家も建っていた。だが、この前も泊まったキャンプマンホテルは、少しも変わっていなかった。
 テラスで一休みしている所に、白いターバンを巻いて、グレイのガンドゥーラ(長衣)を翻すようにして、ガイドがやってきた。森本氏が立ち上がって、
「アリ!アリではないか!久し振りだね……」
 と手を差し伸べられた。森本氏の著書『タッシリ・ナジェール』の中に出てくる、トアレグ族の貴族モハメッド・アリだった。氏が初めてトンブクトゥに来た時案内をしたガイドで、12年ぶりの再会になるという。


森本氏の著書「タッシリ・ナジェール」に出てくる
モハマッド・アリと12年振りのご再会!!

 氏は著書の中で「砂漠のガイドは観光地のガイドとはちがう。何より大切なことは、頼り甲斐があるということだ。……彼は身をもってトアレグの誇りを示した。彼の誇りは、無言のうちに私の信頼へと通じていた……」
 と書かれている。そのアリが、今度私たちのアロウアンまでのキャラバンルートを辿るガイドをしてくれるという。
「アリも年を取ったなあ……皺が見えるし、精悍さがなくなっているよ」
 と森本氏は嘆かれるのであったが、ターバンから覗く目は鋭く、整った高い鼻筋、端正な風貌には気品があり、皆もいままで、頼りにならないトンチキさんのガイドに悩まされてきたので、恰好のよいアリを見て大喜びであった。明日からの案内を約して彼は立ち去ったが、長身の背筋を真っ直ぐに立て、闊歩するような後ろ姿も頼もしかった。
「トアレグの青い衣装のアリを皆に見せたかったのに……。明日は是非青い衣装を着てくるように話しておきましたよ」
 森本氏は残念そうに言われるのだった。氏の話によると、彼は政府の観光局に勤めて、ガイドの仕事をし、トンブクトゥの議員もしている。父親の弟がトアレグを代表する国会議員に選ばれていて、彼はそのお陰で奨学金をもらい、リビアや、エジプトの大学に留学し、地理と歴史と言語学を学んだ。兄弟が4人いて、3人は遊牧生活だが、1人の兄はバマコ大学の教授をしているという。彼の家柄がよく、かなりのハイクラスで、ここでの高給取りらしい。
 朝、アリは確かに藍染めの青い衣装を着て姿を現した。だがそれは花柄の浮き出した高級な生地で、その生地がオランダから輸入した木綿の繻子だと聞いて、森本氏はがっかりされていた。そういえば、3年前には沢山みかけることがあった“青い種族”という青衣の人を、今度は町の中でもほとんど見掛けることがなかった。この頃では青は好まれず、銀ネズとか、ピンクが流行してきていると言う。人々の好みが変化してきたことによるらしい。


広場の市場。青い衣装のトアレグは本当に少なかった。

 アリの案内でトンブクトゥの町の見学に出かけた。町の中央にはロータリーができ、記念碑のようなものが建てられていた。驚いたことにスーパーマーケットまで出来ているのだった。変わらないのは市場の賑わいと、蠅の多いことだった。
 車でニジェール川を臨む場所まで行った。ここがこの前の上陸地点であるカバラかどうか、わからなかったが3年前が思い出されて、ひとしお懐かしさを覚えた。川船に乗って少し行った所で、川の中洲に上がってみると、日干しれんがで囲った塀の中に、細い木を柱にして草で編んだアンペラで屋根を葺いた、丸い草小舎が幾つかあり、水上生活者のボゾ族たちが住んでいた。


小舟に乗って、ニジェール川の中洲に、水上生活者ボゾ族を訪ねる。

 夕食の後、トンブクトゥについての森本氏のレクチャーがあった。これも私たちの旅の醍醐味なのである。独特の歴史観や、哲学的な難しいお話を、ユーモアや、ジョークを交え、楽しい語り口で、興味をかき立てるように(眠気を覚ますようにかも)話して下さる。
 明日はいよいよサハラ砂漠の隊商路を辿り、アロウアンへ1泊する旅への出発である。充実感に包まれてベッドに入った。


(第2章 第9回/終)

┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬次回更新は8月1日(火)┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬


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