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1月6日の8時過ぎ、1泊分の荷物を屋根の上に積み上げ、ガイドのアリの他に炊事係りの現地人4人を加え、2台のランドローバーに分乗して、アロウアンを目指して出発した。 今でもサハラ砂漠には、普通の車では入れない所があって、タウデニという岩塩鉱から駱駝に岩塩を積んで、トンブクトゥまで隊商で、20日ぐらいかかって運ばれるという。アロウアンはその隊商の中継地のオアシスで、トンブクトゥから約260キロぐらいである。
「こんな車で砂漠を走るの?」板のベンチのような固いシート、肩が触れ合う程の窮屈さに、はじめてサハラへの旅に参加した人の中からは、悲鳴のような驚きの声が上がった。 私たちの車には何時の間にか、目のクリクリした可愛らしい少年が、アリの横に乗っていた。 「この子はモハメッド・アッターヘルといって9歳で、アロウアンからトンブクトゥの学校にきて、勉強しているのだが、家族に会いたいというので連れて行くことになった。帰りは父親と一緒にキャラバンで、8日ほど野営をしながら学校に戻ってくることになる」 とアリから聞いた私たちは一様に、 「こんな小さい子が8日間も駱駝と一緒に歩いて?」 と驚いたが、アリは少年を優しく見やりながら「大丈夫だ」と笑っていた。アラブ系の顔立ちをした利口そうな少年で、いつも大人たちと同様に、お祈りを欠かさなかった。
トンブクトゥの町を外れて暫くは砂丘が続いたが、やがて僅かばかりの潅木と、ヒョロヒョロのアカシアの木しかないサバンナとなった。砂漠の中には50キロおきぐらいに、政府で掘ったという井戸があり、遊牧民がロバや駱駝に長いロープを引っ張らせて水を汲みあげていた。井戸は深くて50メートルから100メートルも下に水があるのだという。
砂丘を車で乗り越えるのは大変なことだった。アラブ人の運転手は、最短距離を直線に進もうとしては失敗し、何回もバックしてやり直し、やっと一山越えたかと思うと、行く手にはまた同じような砂丘が連なっている。砂丘と砂丘の谷間に入ると、空と砂に囲まれた“褐色の円盤”さながらで、通ってきた車の軌跡しか見えず、何の目標もない。隊商たちはこんな所でどうやって方角を見極めるのだろうか。私たちはただガイドを信頼して身を任せるのみ。 たしかに砂漠ではガイドの権限が絶対であった。夕暮れ近く真っ赤な太陽が砂丘すれすれに沈みかけてきた時、何頭かの駱駝が地平線上に見えてきた。シャッターチャンス到来とばかり「イジョー、イジョー(止まれ)」と森本氏をはじめ数人が色めき立って叫んだが、運転手はスピードをゆるめようともしない。アリが黙っていたからだ。まだアロウアンまで大分時間がかかるらしい。明るいうちにと先を急ぐアリは、皆の、 「何のためにこんな所まで来たのだ、折角の素晴らしいチャンスなのに……。我々の身にもなってもらいたい!」 憤懣やるかたなく毒づく声にも、素知らぬ顔をしてじっと前方をみつめているのだった。 「アロウアンが見えてきた!あと1キロだ」 やがて運転手が大きな声を上げた。私たちは一様に瞳を凝らして前方を見詰めるが、何も見えはしない。実に鋭い感覚が身についていることに、感心するばかりである。 アロウアンの村に着いた。オアシスといっても樹木など1本もなく、砂丘の上にドロの家がポツンポツンと見えるだけ。人口500というが、いくつかの井戸が在るだけのオアシスなのだ。もう日はすっかり暮れ果てて、月明かりが一層異郷を感じさせる。だが、「月の砂漠」は決してロマンチックな所ではなかった。 (第2章 第10回/終) ┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬次回更新は8月8日(火)┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬
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